Qのゲームと音楽がメインな日々
っゃっゃミス├

はらわたがぐつぐつ煮えくり返る瞬間とか、苦虫を噛み潰す思いとか、どくどく脈打つような頭痛を覚えた時があった。釈然としない不条理な時間と抱いた疑念は数え切れない。そんな過ぎた日々も何時しか形を成し、固有の持物になるような感じ。それは、話す時、酒を飲む時、音楽を聴く時の 「つまみ」 のようなもの。どうも甘いものより辛いものや苦いものが多い。

過去という持物は捨てられないらしい。別れた恋人じゃないが、色々と未練があって縛られる部分があるので、どうにかしたいと思う事が無いわけではない。

一週間だか十日だか知らんが、久々に日の光をマトモに浴びたら眩しくて体がどうかなるんじゃないかと心配してしまったくらい。


白日の下に晒すと言う言葉がある。人の体は晒した所でどうもならんだろうが、都合の悪い隠し事はたまったもんじゃない。情報というものは各人の立ち位置によってアクセスできる領域が違うが、普通の人が通常の方法で集めようとしても、制限が多すぎるという構図が見えてくる。ではどうするか、どうにもならんというのが答えだろう。情報が集まる所、生まれる所にでも居なければ真実に辿り着くのは困難を極める。


要するに、火中の混乱に乗じて情報を都合よく操作し、蜜を得ている不届き物に腹が立つが、手を出そうにも手は届かず、その手段は実質無いというのが現状であり限界でもある、と見る。

分岐点

薄暗くなる頃、けだるい体を横にしてたらいつの間にか寝入っていたらしい。電話が鳴って気がついた。かけてきた相手を見て一瞬で眠気も吹き飛ぶ。少し話し込んでいろいろな事を聞いた。知らなかった事、予想もしてなかった事、ある程度感づいていた事、などなど。

日は流れ、あっという間に状況は変わってゆく。行く道の果てには何が待っているだろう、と考えずにはいられない。

別れの挨拶

もっと色んな言葉を交わしたかったけど、簡単な 「ありがとう」 という言葉にいくつもの意味を込めたつもり。相手が良い人だと思ったら自分もそれに応じてとても良い人になれる。そんなことに気付いた。逆も然り。礼を知り義を尽くせる相手だととても気持ち良い。優しく応援してくれるあの人の心中を察しながら、密かに別れを惜しむ冬の昼下がりの頃。


どうかお元気で。いつまでも願ってる。

そもさん

丑三つ時といえば幽霊が現れてもおかしくない時間ということで、幽霊が現れたら答えの出ない問題について議論を吹っかけてみたいと思ってた。幽霊といえばどこかで聞いた言葉を思い出す。


真実の愛とは幽霊のようなものだ。誰もがその存在を口にするが、その姿を見たものは誰も居ない。


だっけ?

答えを見出せない以上、その現状が何よりの答えじゃないかというのが今閃いた私の答えだが、どうだろう。

凛として静か

眠れない夜は物思う夜。いくつもの考えが頭の中を交差し駆け巡る。静かな環境でこそ思考は進み、発想も湧いてくる。



物思い 時は丑三つ 闇の夜

静寂の頃 浮かんだ某か

お久しぶりです、お元気ですか

このフレーズが自然に出てくる関係って素晴らしい、と思った。

何時か何処かで、何時でも何処でも、会えばすぐにあのときの自分がよみがえり、きっと思い出話に花が咲く。まだ大げさな時間は経ってないが、もはや懐かしいと言ってもよいくらいに思う。何年経っても忘れないでおきたい事はあるもんだ。

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Qiao

Author:Qiao
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